今日は何かを待っていた日の話

今日は、何を待っているのか自分でもはっきりしないまま、一日を過ごしていました。

連絡かもしれない。
気持ちの変化かもしれない。
あるいは、何かが自然に整うのを待っていたのかもしれません。

理由は分からないけれど、一日のどこかで「まだだ」という感覚がありました。
今は動く時ではない、今は決める時でもない。
そんな空気だけが、静かに漂っていたように思います。

待っている状態にいると、自分が止まっているように感じることがあります。
何も進んでいないのではないか。
無駄な時間を過ごしているのではないか。
そんな不安が、ふと顔を出すこともあります。

でも、待つことと、何もしないことは、同じではありません。

待っている間にも、内側ではいくつもの確認が行われています。
今かどうか。
この方向でいいのか。
自分の感覚は、ちゃんとそこにあるか。

待つという行為は、外から見ると静かですが、内側ではとても繊細な動きが続いていることがあります。

今日は、答えを急がなかった。
結果を求めなかった。
ただ、来るものをそのまま受け取れる状態でいようとした。

それは、逃げていたということではありません。
準備が整うのを静かに待っていた、という見方もできます。

何かがはっきりする日もあれば、ただ待つ日もあります。
どちらが正しいという話ではありません。

今日は、何かを待っていた一日だった。
それだけの話です。

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