今日は答えを出さなかった日の話

今日はどうするのか、どう考えるのか、何を選ぶのか。
そうした問いが、頭のどこかに浮かんでいた一日でした。

でも、はっきりとした答えは出なかった。
決めようと思えば決められたかもしれないし、もう少し考える余地もあったかもしれない。

結局、今日は答えを出さないまま、一日が終わりました。

答えを出さなかったことに、少し引っかかりを感じることもあります。
先送りにしてしまったのではないか。
判断を避けたのではないか。
そんなふうに思えてくることもあります。

けれど、すべての問いに、その日中に答えを出す必要はありません。

考えがまとまりきっていない時や、情報がまだ足りない時、気持ちが追いついていない時。
そういう状態で出した答えは、あとから違和感を残すこともあります。

今日は答えを出さなかった、という事実は、何もしていなかったという意味ではありません。
むしろ、まだ答えを急がないと判断した、ということでもあります。

答えを出さない時間は、止まっているように見えて、内側では静かに整理が進んでいることもあります。
言葉にならない考えや、形にならない感覚が、少しずつ落ち着いていく時間です。

今日は、答えを出さなかった一日だった。
それだけで、一日が無意味になるわけではありません。

答えは、出さなかった日を経て、ふとした時に浮かぶこともあります。
今日は、その途中だった。
それだけの話です。

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