今日は、気がついたら一日が終わっていました。
朝が来て、昼になって、夜になった。
時計の針は確かに進んでいたのに、一日を過ごしたという実感だけが、少し薄いまま残っています。
特別に忙しかったわけではありません。
何かに夢中になっていたわけでもない。
それなのに、
「もうこんな時間か」と
何度か思った一日でした。
一日が短く感じると、ちゃんと過ごせていなかったのではないか、という気持ちが浮かぶことがあります。
何かを残せただろうか。
振り返るほどの出来事はあっただろうか。
そう考え始めると、少しだけ不安になります。
でも、一日が短く感じたということは、必ずしも中身がなかった、という意味ではありません。
引っかかる出来事が少なかった。
強く止まる場面がなかった。
大きく感情が揺れることもなかった。
そうした日ほど、時間は静かに流れていきます。
何かにぶつかることなく、抵抗もなく、そのまま進んでいった一日。
だからこそ、振り返った時に輪郭が薄く感じられるのかもしれません。
一日が長く感じる日は、良くも悪くも、何かに引き止められています。
悩んだり、迷ったり、待ったり。
逆に、短く感じた日は、特に止まらず、特に引き延ばされなかった、ということでもあります。
今日は、何かを大きく積み上げた日ではなかったかもしれません。
でも、何かを大きく消耗した日でもありませんでした。
淡々と進んで、淡々と終わった。
それだけで、十分な一日だったとも言えます。
一日が短く感じたからといって、失われたわけではありません。
ただ、強調される出来事がなかっただけです。
今日は、一日が短く感じた一日だった。
それだけの話です。
