今日は、少し気になるところがありながら、それを直さないまま過ごした一日でした。
間違っていると分かっていたわけではない。
ただ、もっと良くできそうだ、という感覚があっただけ。
修正しようと思えば、いくつか手段も浮かんでいました。
言い換えることもできたし、形を整えることもできた。
それでも、今日はそこに手を入れませんでした。
修正しないでいると、どこか甘えているように感じることがあります。
妥協しているのではないか。
ちゃんと向き合っていないのではないか。
そんな声が、内側から聞こえてくることもあります。
でも、修正しないという選択は、必ずしも逃げではありません。
今は直す段階ではない、という判断もあります。
時間を置いた方が、見え方が変わることもあります。
修正しなかったことで、未完成な部分が残ります。
でもその未完成さは、後から戻れる余地でもあります。
完全に固めなかったからこそ、動かせる場所が残っている。
今日は、整えなかった。
磨かなかった。
それだけで、価値が下がったわけではありません。
修正しなかった一日は、完成を急がなかった一日、とも言えます。
今日は、修正しなかった一日だった。
それで、流れが壊れたわけではありません。
修正する日と、修正しない日。
その両方があって、時間は進んでいきます。
今日は、そういう日だった。
それだけの話です。
