一日を振り返ったときに、何かを決めた記憶があまり残っていない。
大きな選択をしたわけでもなく、小さな判断も、流れのままに終わっていた。
そんな日は、一日そのものが、少し輪郭のぼやけた形で残ります。
何も選ばなかったというと、何もしなかったような気がして、落ち着かなくなることもあります。
決断を避けてしまったのではないか、逃げていたのではないか、そんなふうに思ってしまうこともあります。
でも、選ばなかったことと、考えていなかったことは、必ずしも同じではありません。
選べなかった日には、迷っていた時間や、様子を見ていた時間が、静かに積み重なっています。
どちらも間違っていないように見えた時、どちらも大事に思えた時、あえて決めなかった、という選択もあります。
それは、判断を先延ばしにしたというより、判断を保留にした、という方が近いかもしれません。
何も選ばなかった日が残る感じは、空白のようでいて、実は余白でもあります。
すぐに埋めなくてもいい場所が、そこに残っている。
今日は、何も選ばなかった一日だった。
そう感じたなら、それ以上、意味づけをしなくても大丈夫です。
選ばなかった日があるから、選ぶ日もやってきます。
今日は、そういう一日だった。
それだけの話です。
